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はいからやブログ

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スティーヴン・ウィリアム・ホーキング博士に心より哀悼の意を…。

関東地方では気温が20度を越えるなど 早くも初夏の様な今日、倉敷でも薄手のニットが丁度いいくらいの一日でした。皆様には急な温度の変化に体調など崩されてはいませんか?いつもブログをお楽しみ下さいましてありがとうございます。お客様から「ブログを楽しみにしていますよ…。」とか「ブログに出ていたコレクションを見たい…。」など お声をかけて頂く度に、喜びと感謝を致しておりますマモル&カナコです。皆様本当にありがとうございますマスター65カラットです。

今日は朝から悲しいニュースが飛び込んで来ました。「車椅子の物理学者」として世界的に知られ、あのブラックホールの予言で世界を驚かせた 宇宙物理学者のスティーヴン・ウィリアム・ホーキング博士が亡くなられと、イギリスB B C ニュースが報じました。 

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この写真は私が1991年10月27日 当時ジェトロ(日本貿易振興会)の「海外商品発掘 専門家プロジェクト」のお手伝いでロンドンに派遣された時、偶然ホーキング博士とお会い出来た時にお願いして一緒に写真を撮らせて頂いた、私の人生の中でも大変思い出に残る貴重な写真です。

この時の事は今でも鮮明に覚えています。ロンドンに着任してから毎日が緊張と忙しさの連続でした。そんな中、初めて半日だけのお休みが頂けました。前日に家族に電話をした時に、宇宙大好きだった息子から「今 ロンドンにホーキング博士がいるよ、お父さん逢えたら良いな…。」と会話を交わしたところでした。その時は「本当やな、逢えたら絶対にお前が博士のファンだって言うからな。」と。とは言っても、広いロンドンで しかも そんな有名な博士に逢えるなんて思ってもいませんでした。

それでせめて息子へのお土産にと、半日のお休みを利用して マダムタッソーと隣接するプラネタリウムに行き、施設内に有るお土産屋さんで息子の好きそうな宇宙に関するボールペンや定規、下敷などを買って出口を出た時でした。僕の目の前に車椅子のホーキング博士がいたのです。僕は思わず「あっ!ホーキング博士!」と声を出してしまいました。ホーキング博士のお世話をされていた女性の方が、その声に気付き僕にニッコリと微笑みかけてくれました。興奮する自分を落ち着かせ、頭の中で「私の息子は13歳で、博士の事と宇宙の事が大好きで 博士の本を2冊待ってます。」を必死に英語に訳し 思い切って博士に話しかけてみました。

すると微かに博士の指先が動いた様に見えたんです。そうしたら 車椅子に座る博士の前に取り付けられていた 今で言うならアイパットの様な電工ボードに プルプルプルとグリーンの文字で「Yes, Please 」と表示され ほぼ同時にコンピューター音で「イエス プリーズ」とお返事下さったのです。その時の僕はもう全身鳥肌が立つた様な襲撃と嬉しさで、お世話をされていた女性にカメラを預け この写真を撮って頂きました。この事は帰国するまで家族には内緒にしていました。帰った日に、すぐ息子にお土産と一緒にこの写真を見せた時の皆の 特に息子のビックリした顔を今でも覚えています。息子に宇宙の魅力を教えて頂き、ロンドンでの奇跡の様な出逢いで私達に素晴らしい思い出を頂きました。

ホーキング博士のご冥福を家族一同 心よりお祈り申し上げます。